さらばリハビリ
この本は、鈴木大介『脳が壊れた』(2016年、新潮新書)の二番煎じである。二番煎じではあるが、それは「二匹目の泥鰌」を狙った水増し本ではない。鈴木さんは私より若く、発症年も浅いのに、「リハビリ」に関するイメージが普通過ぎて呆れ返り、「そう…
障害者同士のコンフリクトは、かつて健常者の私も知っていた。いまや電動車椅子ユーザーになって、その深刻さと怒りの感情はますますエスカレートした。 そのコンフリクトは、車椅子ユーザーと視覚障害者の間にある。幹線道路の歩道や駅、公共施設にも設置さ…
ここ数年、東京の街を車椅子に乗って観察した結果、地下鉄の駅が構造的にエレベータを設置できず、階段でエスカルに移動しないといけないことがわかった。鬼門は九段下の乗り換えと東銀座である。九段下の乗り換えは、一度地上に出て移動しないと乗り換えら…
昨今、日本のスモーカーは徐々に駆逐されている。街なかでは喫煙エリアと称された体裁程度の灰皿が置いてある。健常者でこんな程度だから、車椅子ユーザーのスモーカーはいったいどうなるのか。 私が目の当たりにした喫煙エリアは、当然ながらアンチバリアフ…
上川あやさんとの会話で知った「若い失語症の集い」を、私はネット検索して参加した。参加費は2000円で、参加者たちの近況報告をダラダラとしゃべり、食事をし、最後に歌を歌って閉めるイベントである。失語症の原因は、私と同じ脳疾患、スキー事故、交通事…
ポンコツな医療ソーシャルワーカーにはもう頼らない。自分の部屋は自分で探す。病院の近所の不動産会社から生活保護用(都内であれば家賃平均約5万円)のアパートだけを選りすぐって吟味する。これじゃ収納スペースが足りない。私は不動産会社の担当に「候…
いまからおよそ30年前、大学の入学手続きのため田舎の病院で検査を受けて健康診断書を作成してもらったとき、医者から「あなたは糖尿病ですね」と診断された。特に治療薬の処方もなく、いまのように食事療法もなく、診断されても何も手の施しようがなかった…
介護や看護で用いられる面接/会話技法に、「KOMI理論」がある。この技法はかなりメジャーなので簡単に説明する。 患者とやり取りをする質問には2種類ある。クローズ型(YES/NOで答える)質問とオープン型(YES/NOで答えられない、もしくは5W1Hの)質問で…
高次脳機能障害の主な症状は、いまはない、と思いたい。自然治癒した症状もあり、後は工夫して訓練して克服した。たとえば一般のカレンダーは読めないが、黒白反転した「大活字カレンダー」を買ったら少しは読めるようになった。アナログ時計もいまは読める…
山田規畝子さんの本は、急性期病院のSTに教えてもらった。私の症状が「高次脳機能障害」に似ているというのである。 高次脳機能障害とは、主に脳の損傷によって起こされるさまざまな神経心理学的障害である。主として病理学的な観点よりも、厚労省による行政…
山田規畝子さんは整形外科の医師であるが、生まれつきモヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)の持病を持っていて、これまでに脳出血を3回発症し、2回目の発症で軽い右片麻痺になり、メスを持つことができず整形外科医を断念したという。 その代わり、彼女は持…
退院した患者たちは電動車椅子を注文せず、そのまま歩いて回復していった。最初から電動車椅子の楽チンライフを夢見た私は、心のなかでリハビリを拒否し、怠けていた。 電動車椅子と歩装具(短下肢装具)を併用し、歩装具は入院時に制作した黒いシューホング…
私が生活するなかで、業務の上で支援してくれる人々はたくさんいる。私からみて一番近い順、一番頻繁に連絡する順は、ケアマネージャー、訪問介護(ヘルパー)、訪問リハビリ(各療法士)、訪問看護(爪切り)、かかりつけ医、生活保護ケースワーカー、障害…
1997年の国会で制定された介護保険法に基づき、2000年4月1日から介護保険法が施行された。幸か不幸か、40歳になった私は介護保険の被保険者になった。しかし、障害者自立支援法との兼ね合いがあり、不勉強なケアマネはどちらの制度が使えるか使え…
退院を間近に控え、区内のアパートで一人暮らしできるかを確かめるため、医療ソーシャルワーカーの同行で物件を見に行った。仮に入院した病院が板橋区なら、提供する住居は板橋区限定になる。患者が慣れ親しんだ土地を離れない配慮だと思うかもしれないが、…
回復期病院とはいえ、言語障害はST(または一部のPT)にしか理解できない。私はますます話すのが苦痛になった。ネットPCは飽きたし、本も物理的に読みづらいしで、私は膨大な暇つぶしをするため、1000ピースパズルを3種類、ネットで購入した。パズルは…
急性期病院のSTが、私の症状を聞いて、「もしかするとこの本に出てくる症状かもしれない」と紹介してくれた。STは主治医より脳疾患患者の症状を詳細に知っている。STにとって、心理学を学ぶことは重要だ。どの患者もみな個性や症状が違うし、障害の受容のし…
回復期病院に入院したころ、私の気持ちはミソジニーだらけでいっぱいになり、同室の患者と一言も話さなかった。女子会ならぬ団子ババアたちは固まって食事をとり、メンバー以外は話さない閉鎖的なグループに見えた。 私は同室患者に興味と関心があったわけじ…
小学校低学年のころ、私は本を読むのが苦手だった。まったく頭に入ってこなかったし、長いこと読書をすると頭が痛くなった。中学生のときは詩を読んだ。寺山修司、中原中也、萩原朔太郎、室生犀星など、詩は短くてインパクトのあるフレーズが多く、夢中で読…
リハビリテーションの語源はラテン語で、re(再び)+ habilis(適した)、すなわち「再び適した状態になること」「本来あるべき状態への回復」などの意味を持つ。また、猿人と原人の中間に意味するホモ・ハビリス(homo habilis、「器用なヒト」)が、道具を…
私が回復期病院に入院して2ヶ月くらい経ったころ、一人の老婦人が車椅子に乗ってあらわれた。彼女は大きなフレームの眼鏡をかけ、総白髪のショートボブのヘアスタイルで、まるでフランス辺りの映画プロデューサーみたいと私は思い、興味を持った。私は彼女…
あるとき偶然、大島渚のドキュメンタリー番組を回復期病院のテレビで観た。大島渚は1996年1月下旬、10年ぶりの作品となる『御法度』の製作を発表した。しかし、同年2月下旬に渡航先のロンドン・ヒースロー空港で脳出血に見舞われた。その後、3年に…
脳梗塞を発症したとき、死んだ脳細胞の浮腫ができているかもしれないので、安静にしていないといけない。が一方で、動かなくなった手足を早いうちに動かさなければならない。 アメリカの病院ではさっそくリハビリを開始した。言葉はまったくわからないが、療…
野溝七生子『山梔』に、こんな引用がある。 将来に、望みをかけるほど、それほどの無感覚さが恐ろしい 高原英理『少女領域』のなかで、この部分を解説している。 […]簡単に告げておけば、前進・進歩を何よりの理念とした近代国家日本が、明治を終えた頃、…
病院にいたときと自宅にいたときで、担当療法士の経験値(技術や知識)の落差が激しいことを知った。そのぶん、リハビリ病院の療法士は比較にならないほどレベルが低い。修行も足りないし経験値も低い。それゆえ賃金も安いだろうし、病院経営は低賃金の療法…
回復期病院の患者で、車椅子に乗った大柄の40代男性がいた。仮に彼をOさんとしよう。Oさんは毎日ナースに向かって話し、いつも帽子を被り、食事のときはテレビ画面と反対の方向に座って食べ、一番早く食べ終わっていた。 私はOさんの不思議な行動に軽い疑問…
2011年3月11日(金)晴れのち曇り、突然地震 昨日の昼、中堅ナースに相談した。私の言いたいことをよく分かってくれたが、「主治医に確認しなかったことは主治医に聞いたの?」と尋ねた。「いいや」と私は言った。「不明な点は確認しなよ。すぐ言いな…
急性期病院のころからSTのリハビリは受けていたのだが、言語の回復は身体の回復と同じくらいか、それより遅い。もともと無口で人嫌いの私は、健常者のときから心を開かないと口も開かぬような性格だった。 私の言語障害は高次脳機能障害と構音障害(言語障害…
回復期病院の終盤である。OTに言われたが、入浴評価がまたあるらしい。今度は着衣で浴槽に浸かる準備をして、改めて入るから時間がかかる。ほほほほ本当? 倒れた当初は、浴槽に浸かると身体が暖まって血の巡りがよくなり、脳が再出血するから危険だと言われ…
回復期病院に入院して早2ヶ月、私は集団生活に耐えられないことを改めて自覚した。この病院は私が気に入って入院したわけじゃない。病院というか、もはや老人ホームである。小学校や幼稚園でもあるまいし、リハビリは個人差があるがそれを行う時間帯は同じ…