「さらばリハビリ」~(28)エレベータの「開閉ボタン」も読めない

 山田規畝子さんの本は、急性期病院のSTに教えてもらった。私の症状が「高次脳機能障害」に似ているというのである。

 高次脳機能障害とは、主に脳の損傷によって起こされるさまざまな神経心理学的障害である。主として病理学的な観点よりも、厚労省による行政上の疾患区分として導入された概念であり、異なった原因による複数の疾患が含まれる。それぞれの症状や治療について、詳しくは脳血管障害といった病理学的な観点から論じられる。

 その症状は多岐にわたり記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害等で、脳の損傷部位によって特徴が出る。損傷が軽・中度の場合には、核磁気共鳴画像法(MRI)でも確認できない場合がある。

 SPECT(放射断層撮影)、PET(陽電子放射断層撮影)など、先端の画像診断で判別されることがあるが、現在では診断の一材料である。むしろ画像診断に神経心理テストなどを組み合わせた多角的な診断により、「高次脳機能障害」と診断されるケースが多いのも事実である。

 その障害は外からでは分かりにくく自覚症状も薄いため「隠れた障害」と言われている。よく、一言で「高次脳」と略されるため、脳内にそのような部位があるのか、と勘違いされることがあるが、そうではなく、分かりやすく記述すれば「高次の脳機能の障害」ということである。

 伝統的、学術的、医学的な定義による高次脳機能障害は、脳損傷に起因する認知障害全般を示すものである。たとえば、症状に失語症または認知症がある。これに対し、厚労省が2001年度から本格的に研究に取り組んでいる「高次脳機能障害」は、行政的に定義されたものといえる。これについては少し説明が必要である。

 脳血管障害や交通事故による脳外傷後に身体障害となる場合がある。身体障害が後遺障害として残る場合と、時間の経過とともに軽快していく場合がある。しかし、身体障害が軽度な場合もしくはほとんど見られない場合でも、脳の機能に障害が生じていることがある。それが前述の認知障害、つまり行動にあらわれる障害であるため、職場に戻ってから問題が明らかになるというケースがある。

 つまり、日常生活・社会生活への適応に困難を有する人々がいるにもかかわらず、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立していないため、早急な検討が必要なことが明らかとなった。

 交通事故による高次脳機能障害については、他の公的制度に先駆けて、自動車損害賠償責任保険自賠責保険)が2001年から交通事故被害として認定するシステムを構築している。自賠責保険により、交通事故によって生じた高次脳機能障害として認定されれば、損害賠償の対象として保険金が支払われることとなる。

 私の症状の特徴は、食事トレーの左側を見ていない(左側無視)ことである。視力はあるが物体を認知せず、左に置いてあるおかず類を食べずに忘れてしまう。食べないなら食べないで少しも困らなかった。他には、エレベータの「開閉ボタン」やカレンダーの表示、アナログ時計も読めない(後の症状はこの章で後述する)。これらは退院して自宅療養という名の一人暮らしに入ったので、困りに困った。

 しかし、前もって山田さんの本『高次脳機能障害の世界』『壊れた脳 生存する知』『それでも脳は学習する』などを読んで予習していたから助かった。これが無知なまま一人暮らしに突入したら大変なことになった。高次脳機能障害の自覚はしていたし、障害は困ったものだが、自分で作成する「取り扱い説明書」を友人に提出し、症状を理解してもらった。アスペルガー症候群(自閉スペクトラムの一種)の友人にヒントをもらい、取説作成を真似た。

 取り扱い説明書を自分で作成することは、症状の自覚を促す最適の方法だ。自分の行動を注意深く冷静かつ客観的に観察し、新たな症状が発見されたら、取り扱い説明書を更新する。我ながら楽しくて興味深い発見・作成だった。「降りることも昇ることもできない、階段が読めない」という山田さんの症状は私にはなかったが、片麻痺のせいでもともと階段が昇り降りできないのだから、したかがない。

 高次脳機能障害の深刻さは、かかった私でさえわからないのだからどうしようもない。電動車椅子に乗った私はいかにも病人らしく見えるが、これが一見健常者だと「ちょっとおかしい人」に見えてしまう。障害は障害でも「見えない障害」は厄介なものである。