「さらばリハビリ」~(9)私と風呂と高血圧と
回復期病院の終盤である。OTに言われたが、入浴評価がまたあるらしい。今度は着衣で浴槽に浸かる準備をして、改めて入るから時間がかかる。ほほほほ本当?
倒れた当初は、浴槽に浸かると身体が暖まって血の巡りがよくなり、脳が再出血するから危険だと言われ、「これからもう二度と風呂に入れないのか」「風呂のない人生なんて! 風呂は死んだ! 私の快楽は終わった!」などなど、大げさな深刻だった。
その1ヶ月後。脳も止血するんだってことを知った。バンザイ血小板!
私は風呂が大好きだが、浴槽に長い間浸かっているとのぼせてしまうので、カラスの行水スタイルであった。20代半ばに新潟の温泉宿で低温(35度〜39度)温泉というのがあり、まずは浸かってみた。 これならいける! 長く浸かっていても全然のぼせないぞ! 私は新しい風呂の楽しみかたを覚えた。高温の温泉は私が高血圧だったため、身体が悲鳴をあげているらしかった。
新しい風呂の楽しみかたは覚えたが、このような身体では普通の風呂や温泉には入れない。回復期病院の風呂は当然バリアフリーだが、退院後、転居した家はユニットバスだった。健常者でも浴槽に浸かれないのに、私は福祉用具を駆使し、OTからアドバイスをもらってやっと、ああこれは、健常者でも無理なのか…と諦めた。
家の近所には2カ所の銭湯がある。玄関は階段で、靴を下駄箱に入れるところまでは見えたが、私はそもそも靴の脱ぎ履きには椅子がないと不可能だ。椅子は店番の人に用意してもらい、杖と装具で浴槽へ入るところをシミュレーションするが、銭湯の風呂椅子は非常に低いので、座ることができなかった。左膝をきつく曲げることが痛くてできないのだった。ハンズには高い風呂椅子も売っていて、家風呂のあった私は早速買った。
身体障害者専門の旅行代理店で仕事をしている友人に、「日本の温泉でバリアフリーってどこにあるの?」と聞いたら、「北海道の第一滝本館が最高だった。あそこには従業員がいて入浴介助をやっているから」とのこと。私は実家に行くよりも優先でまず温泉に行った。内風呂が広く、露天風呂にもバリアフリーで入れた。私は温泉を満喫した。友人が「今度はUFJ(=ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)にいらっしゃいよ。とても楽しいから」と誘った。大阪に行く機会があったらUFJにも必ず遊びに行ってやろう。そして関西方面でバリアフリーの温泉にも入ってやろう。
温泉は入ったが、冬になるとシャワーよりも浴槽が恋しくなる。なんと近所に自立生活センターがあって、障害者専用風呂があるらしい。私は早速その風呂を体験しようとしたが、入浴介助者がいないとNGであり、訪問リハビリのPTに頼んで入浴体験をした。やはり風呂最高! 病みつきになった私は、センターのスタッフを入浴介助にして、風呂に毎週入りに行った。センターの浴槽は2種類あり、機械浴と檜風呂である。私は断然檜風呂に入ったが、「ミヤマさん、機械浴も楽チンですよ」とお勧めされ、機械浴も試してみた。見た目は風情がないが、椅子に座って自動的に浴槽に沈めてくれるし、出るときも椅子から椅子へ移乗するだけだった。「わー、本当に楽チンだ。檜風呂の見た目に騙された。でも、なんで檜風呂なの?」。スタッフはにっこり笑って言った。「それは代表の好みだからです」。センターの代表は脳性麻痺で、自分では会話できないから「トーキングエイド」というコンピュータ状の機械を使って合成音声で文を読み上げている。私と同い年で酒が何より大好き。檜風呂も好んで入るらしい。典型的なおっさんだが、檜風呂というおっさんホイホイにまんまと引っかかった私も立派なおっさんである。
現在、私が都営住宅のバリアフリーに転居したのは、劣悪な住宅事情から早く脱出したかったし、何よりここは風呂が広くてバリアフリー完備だからである。もう遠くの温泉に行かなくともいいし、好みの入浴剤も楽しんでいるが、最初はどうしたらより安全に浴槽に浸かり、身体を洗えばいいか、着替えはどこでどうすればいいかの試行錯誤だった。幸い、転倒事故はまだ起こっていないが、油断すると大事故になるので気が抜けない。単身の身体障害者の入浴タイムは、緊張と弛緩の連続である。