「さらばリハビリ」~(21)STが勧めた「高次脳機能障害」の本

 急性期病院のSTが、私の症状を聞いて、「もしかするとこの本に出てくる症状かもしれない」と紹介してくれた。STは主治医より脳疾患患者の症状を詳細に知っている。STにとって、心理学を学ぶことは重要だ。どの患者もみな個性や症状が違うし、障害の受容のしかたも違う。
 そのため、患者がどの受容期にいるかによって個々の心理的な対応方法も異なる。
そして本人だけでなく家族の心理的アプローチも必要となる。訓練をして機能的な能力を改善するだけではなく、心理的サポートも行うことによって、本人の訓練のやる気も向上し、訓練効果も上がる、といった作用もある。そして、心理学系の大学を卒業した人がSTを目指すといったパターンもよくみられるのである。それほど心理は大切なのだ。

 脳梗塞や事故などのさまざまな原因で、左脳の「言語野」という部位に損傷が及ぶと、相手と対話するコミュニケーション機能の障害、「失語症」が起こることがある。失語症は単に話せなくなる症状と思われがちだが、そうではない。自分の意図を言葉で表現できず、相手の言葉が聞こえてもその意味を理解できない。言葉の「意味」そのものが失われてしまうため、文字も認識できなくなる。つまり、「話す」「聞く」「読む」といったコミュニケーションにかかわる行為が一切できなくなるのだ。

 失語症は、言語や記憶、モノや空間の認知、思考、目的を持った行為などの複雑な「高次脳機能障害」の一種で、頭のなかで言語を操る能力が失われた状態だ。失語症の人は言葉のわからない外国にたった一人でいるような状況で、その辛さ、孤立した心細さは大変なものである。そこでSTがその人らしく生きる生活を取り戻すサポートを行うのである。

 失語症リハビリテーションでは、患者の障害となっている機能の改善と、保たれている機能を有効に使ったコミュニケーションを、バランスよく組み合わせて訓練する。具体的には、刺激法といって物品の絵を描いたカードを使い、モノの名前を復唱して形と意味をつなげていく方法などをとる。これらの訓練はSTと患者が一対一で行うが、失語症のリハビリで大事なのは、STと医療スタッフ、家族、介護者が連携してコミュニ ケーションの改善に取り組むことである。STには患者の「今できること」を最大限に生かしながら、患者心理にも配慮しつつ、さまざまな場所でさまざまな人との意思疎通をサポートする視点が重要なのだ。

 STが紹介くれたものは、山田規玖子『高次脳機能障害の世界』という本で、私はすぐに注文して読んだ。山田さんは医師で、もやもや病のため、脳血管が3回破裂している。3度目の脳出血で山田さんは右片麻痺となり、整形外科医を断念し、高次脳機能障害のカウンセラーや講演会などをやっている。子どもを生んだばかりなので、リハビリを通じて懸命に子育てをしていたのだろう。

 もやもや病とは、脳底部に異常血管網がみられる脳血管障害である。脳血管造影の画像において異常血管網が煙草の煙のようにモヤモヤして見えることから、この病名となっている。かつてはウィリス動脈輪閉塞症が日本における正式な疾患呼称だったが、2002年より現在の呼称が正式になっている。

 医師でありながら患者としての貴重な経験もあり、両者のバランスがとれている本だと感じ、『壊れた脳 生存する知』『それでも脳は学習する』も読んだ。これらは私のバイブルだと思い、この文章を執筆するため、『高次脳機能障害の世界 第二版』を読もうとしている。

 病院や施設で訓練するだけがリハビリではない。暮らしのなかでリハビリをできる。OTが行った買い物や調理、掃除などのリハビリはさることながら、『なんでもできる片麻痺生活』という本を読み、餃子のつくりかたや一人で爪を切る方法などを学んだ。

 何事にも先人はいるし、パイオニアスペシャリストがいる。ただ、それは医者やパラメディカルではない。高次脳機能障害のパイオニアは山田さんだ。私は彼女を心の師匠と呼びたい。