「さらばリハビリ」~(22)暇つぶしの1000ピースパズルがリハビリに?

 回復期病院とはいえ、言語障害はST(または一部のPT)にしか理解できない。私はますます話すのが苦痛になった。ネットPCは飽きたし、本も物理的に読みづらいしで、私は膨大な暇つぶしをするため、1000ピースパズルを3種類、ネットで購入した。パズルはリハビリのときも、休憩時間のベッドでもやり続け、それでも完成しないから次の日、また次の日にやり、そのうち私は飽きてしまった。飽きっぽくて移り気な性格が恨めしい。

 1ヶ月ぶりにパズルを開いたら、俄然集中してしまった。PTが「10分だけね」と言うのを20分も延長した。それくらい、以前のスピードではかどった。このままずっと何時間でもできる。最後に完成させられる。

 かつてと違ったのはなんだったろうか。一つは体力(=集中力)、もう一つは環境。パズルのピースを全部並べられるほどの広さ。その環境がダメなら、集中力なんてすぐ萎える。はかどらない限り萎えつづける。そして辞める。二度と開かないように。そして忘れる。二度と思い出さないように。

 この二つが変わったら、みるみる違った。私、本当はパズルが大好きだったんだ。ワクワクしてきた。次のリハビリの時間が待ち遠しい。早くやりたい。

 ちょっと待て私。パズルごときでこんなに世界が開けていいのか?  前途洋々、順風満帆でいいのか? と疑心暗鬼の暗中模索になるが、まあいいや、明日は明日の風が吹く。馬耳東風。一時はMOSマイクロソフト・オフィス・スペシャリスト)検定を取得しようと思って教科書を買ったが、htmlやエクセル、ワードのテキストもこれくらい夢中になり、スポンジがどんどん喜びの水を吸収するようにならないかなあ。と、パズル探しは徐々に祈りの声になっていく。

 リハビリを時間外にする自主練を2つお願いした。パズルと左脚の個人特訓。いわゆる闇練、陰練である。

 パズルは3分の1完成。20分、20分、30分でここまで。あと90分くらいかかるか。パズルは完成途中だが、記念に写真を飾る。もうちょっと完成したい。

 朝イチで主治医の往診。脚の様子はほとんど見ない。私のたどたどしい意見や経過報告を聞く。湿布は貼らなくてOK、添木はナースをいちいち呼び出さずとも自前でOK、いよいよがっつりリハビリをやっていきましょう、と強いお言葉をいただく。

 入院から1ヶ月ごとに開かれるミーティングで、先日聞いた外出許可の話もタイミングよく検討される。OTだけでなくPTでも全部歩いてくださいと言うが、それこそがっつり歩くとオーバーワークになるだろう。二の舞を演じまい。

 パズルほぼ完成。今日1日では終わらなかった。ピースはめ込みもう1日、糊でならして乾いてさらに1日、固めてはがしてケースに収納にてまで1日、あとトータルで3日かかる。その間にアマゾンでニューパズルを注文しとこうか。

 OTが私に訊いて答えるのは、世界最小ジグゾーパズルだということ。開けてないけど、ピースは小さいんだろうなあ。

 STのリハビリ時間。朗読をすることになったけど、微妙なピッチ配分が気にかかって、リズムを早めると口がもつれて台無し。

 これは一つ、あのキャラを拝借しよう。戦場カメラマンの渡部陽一である。彼は中東で活動し、ゆっくり話せば誰でも理解できると言っていた。そう思って渡部さんをイメージすると、朗読はみるみるうちになめらかになってゆく。で、いつの間にかピッチじゃなくて声色を真似している。私は渡部陽一キャラになっていた。

 失笑したSTが、「渡部さんも、こんなリハビリのなかにまで参考にされて真似されてねえ。思っても見なかったよ〜」。そして関心と諦め混じりため息混じりである。ついでにベレー帽とヒゲも用意しよう。

 宣言。来週中、オムツは卒業する。言っておくがお漏らしはしてないぞ!

 あと一息で完成というのに、リハビリ作業の場所に行くと、瞬く間にパズルバラバラ事件の現場となった。私の病室にはもはや置けないので、作業の棚の上にパズルを乗せたが、お掃除の人がやったらしい。OTが平に謝るけど、パズルが完成してるなんて思ってない。仮留めもいいところで、かえって300ピース@六歳対象で軽い教訓を得たと思った。パズルは毎回持って帰ろう。これが1000ピース世界最小ジグゾーパズルだったとしたら憤死間違いない。

 「私も一緒にやります! 手伝います!」と責任を負ったPTとともに、めちゃめちゃ急いで一気にやった。しかも立って全体像を眺めながら。なんとかして現状復帰させるが、いつも時間制限をあっさりと宣告するPTが、「時間です、どうしましょう?」といきなり相談してきたので、立場が変わると言うことも変わるなあと関心。

 いつも静かに後ろ髪を引かれて立ち去るのに、OTはタイムアップと言いながら堂々とパズルをハメている。「私、あなたの気持ちがわかります! パズルってハマると気持ちいいし、時間を忘れてやりたくなるのもわかります!」

 この一週間、私が熱中する様子を見てパズルに参加し、そして私以上にめちゃくちゃどツボにハマっているOTがいた。犯人はこいつに違いない(笑)。

 というわけで、この項目は私が当時PCでつけていた日記を引用した。暇つぶしとリハビリを兼ねて数ヶ月つけていたが、読んで思い出すと笑いと怒りが同時に込み上げてくる。実に複雑な感情である。