「さらばリハビリ」~(10)なんでこんなに腹が立つのか?
急性期病院のころからSTのリハビリは受けていたのだが、言語の回復は身体の回復と同じくらいか、それより遅い。もともと無口で人嫌いの私は、健常者のときから心を開かないと口も開かぬような性格だった。
私の言語障害は高次脳機能障害と構音障害(言語障害)のミックスしたもので、当時は自分でも発音・発声しにくく、他人に聞かせたら意味が判明しない、会話が成立しないと自覚し、それで焦って繰り返し発音・発声する、イコール発音・発声するのに異常に緊張し異常に吃るのが症状だった。
そもそも左片麻痺であることは、右脳にダメージを受けているのは確実だが、左脳にダメージを受けていないと言語障害にはならないらしい。左脳は言語野を司っているからだ。なのに私は言語障害だ。脳の機能は複雑である。
回復期病院では、毎朝の検温と、昨日の排泄報告(大○回、小○回など)がルーティンだった。検温はナースに体温計を見せるだけでいいが、排泄報告は自分で発声しないとならない。私は焦って、「ししし、しょ、しょ、しょ、小が○回…」と発声したが、担当のナースがクスクス笑った。こいつもナース失格だ。
発症したときからなぜか月経は止まっていた。当人的には嬉しいが、脳梗塞発症は、それだけ身体のショックが大きいということである。「ラッキー! これで楽になった!」と喜んでいた私は、後に月経が再開したときはブルーになった。すでにオムツから下着に取り替えていたので、ナースステーションで「ナプキンください」と主張するのが面倒で少し嫌だった。その嫌な報告をナースは無愛想に「は?」と聞き返した。私は速攻、心のシャッターを降ろした。毎月のことだから「ナプキンくれ!」は習慣になったが、私はナースになかば焼け糞で主張した。
ついでに言うと、向かいの個室に入ってきた婆さんは、寂しいのか誰にでも声をかけていた。私にも声をかけ、応答すると、「あなた中国人?」と言われた。この島国では人種の境界が難しい。私は生粋な日本人であり、言語障害のせいで「アメリカ人」「中国人」と言われる始末。日本語に流暢な外国人は日本人だと言うのだろうか。呆れた私は「だから何?」とけんか腰で答えた。それから婆さんはそそくさと立ち去った。
定期的な面接で主治医曰く、「院内どこでもひとりで歩けるようにしないとね」とのことで、「私はまだまだ歩けない。もしかして転倒するかもしれない」と不安がよぎったため、そのサポートをしてくれるようPT担当に相談した。
後日、私が「どうだった?」と尋ねると、彼はまず「看護体勢を整えないと。四六時中見ているにしても、みんなが注目していることに意識的であることが重要」。ならば、あんたがそれを呼びかけりゃいいじゃん。私がムッとしていると彼は沈黙が怖いようで、今度は私を責め立てて脅す。「この脚も、こんなんじゃまだ独りで立てません。足首なんかぷらんぷらんでしょ? このまま無理に歩こうとしても、膝が曲がってしまいますよ」
それで私が納得するとでも? できないことの理由に「あんたが悪い」と言われて、さらに私の不快に輪をかける。彼は沈黙の気まずさに耐えかねて、さらに追い打ちをかける。より不快になった私は激しく腹が立った。彼が言うのは、「僕は悪くない、あんたが悪い」という責任転嫁だ。また患者に「教える」立場だからプライドが邪魔をする。言い含めて丸め込もうとしても、私にはそうはいかない。
いま言った通りに、主治医に直接相談してほしい。私に言えて主治医に言えないことはいったいどういうことなのか? 結局、医者>看護師>リハビリスタッフ>患者というヒエラルキーに気づけていないのではないか? もう一度言う。彼は、主治医には直接話しただろうか。私を否定するということは、主治医の時期尚早な判断を否定していると同じだ。
彼の言い分もわからなくはない。ここまで言って上司である主治医にクレームつけたら、モンスターペイシェントそのまんまだ。だが、私は2度まであなたを怒らせた(気分が塞いで黙りこんだ私に、声を出させようと故意に筋をねじった。この卑怯者が!)。もう許しはしない。担当を変えてやる。もしもこれで彼が再起不能に陥り(一度目は反省して髪を切ったという乙女ぶり)、自分の鈍感さを恨めばいい。PTなんかやめてしまえ。
けれども、私がどんなに怒り傷ついて何度担当を変えても、私が障害者をやめるわけにはいかない。