重度身体障害者はセクシュアリティやジェンダーに関係ない「代替不可能なもの」がある
『最強のふたり(2011)』鑑賞。いやー、良かった。実話に基づくフランス映画で、頸椎損傷の大富豪フィリップと失業保険のサインが必要だったドリスが、なぜかフィリップの介護をすることに。ふたりは男性だが、初老の白人で金持ちで雇い主のフィリップと、若い黒人で貧困で雇われ人のドリスのカルチャー・ギャップは、一周回って互いの価値観を吸収し合い仲良くなる。
たとえば、フィリップの親戚はこぞって高尚なるクラシックの演奏会に出席し、クラシックを知らないドリスは「これよく聞く曲だ! 電話で『フランス就業センターです』ってアナウンスのバックにかかる曲!」「CMで聞いたことがある!」、現代絵画を高額で投資するフィリップに、ドリスが「こんな絵が4万ユーロになるなんておかしいだろ?! 白地に鼻血がついた絵なんて俺でも描けるぜ! いったいこんな絵のどこに価値があるって言うんだ? 金のためか?」と聞くと、フィリップは「この世に自分が生きた証拠が永遠に残る。絵だけでなく、詩や小説、音楽もな」と答える。フィリップが半年間文通で愛をしたためてきた女性を「その女はブスか? デブか? 障害者か? ちゃんと確かめないと半年間ブスと文通するなんて意味がない!」と手紙を奪い、彼女の電話番号を見てフィリップに無理やりかけさせる。おかげでフィリップは彼女としょっちゅう電話し、ついに彼女と面と向かって会うことになるが、待ち合わせの時間ぎりぎりになったフィリップは急に「帰る」と言う。
首から下が動かないフィリップは、夜になると原因不明の発作が起こり、ドリスは介護専用車じゃなくスポーツカーで高速をぶっちぎる。マリファナや煙草を吸い、障害者のブラックジョークで大爆笑し(これにはフィリップも大笑い)、車椅子の速度を時速3キロから12キロに改造する(気持ちいいだろうなあ!)。クラシックの代わりにお気に入りのソウルというかファンクというかブラック・ミュージックEarth, Wind & Fire “Boogie Wonderland”(オデも大好き!)でノリノリに踊る。とにかくドリスは介護職に関して非常識だ。しかし、在宅介護の規則は在宅の当事者が決める。雇い主のフィリップがドリスと気が合えばそれでOKだ。楽しくて、刺激があって、ときには子どもの教育の価値観もピタッとくる。文句なし。
一方、『潜水服は蝶の夢を見る(2008)』も実話に基づくフランス映画だ。あらすじ詳細は省略して、脳溢血に襲われた主人公ジャンドゥーは一命と記憶と意識を取り戻すが、重度の四肢麻痺と閉じ込め症候群(Locked-In syndrome)となる。かろうじて左目だけが彼の自由になり、他者とのコミュニケ―ションがとれるようになる(原作小説は彼の作品)。原題は『潜水服と蝶』であり、前者は動かない身体の閉塞感を表し、後者は「個人的な領域」の自由で限界のない想像力である。彼の性的ファンタジーは旺盛で欲望にきりがない。華やかなパーティーで目に入った女性は次から次へとモノにする。それに反して、現実は田舎の病院の庭で車椅子に見すぼらしく一人座っている。その対比は滑稽で醜悪だ。
『最強のふたり』というタイトルは前から知っていたが、配信動画のサムネイルから類推して「これは感動ポルノだな」と勘違いし、担当PTが先日「コメディ調ですよ」と勧めてくれた。観はじめたとき「男同士のアレ(ホモソーシャル的なやつ)かー。フランスはアムールの国だしなあ(完全に偏見)」と思ったら意外や意外、男同士では絆がつながらず溝が埋まらない深刻な(経済的・人種的)格差の問題があった。が、価値観の一致は異文化を超えた。
現代絵画をオリジナルで描いたドリスはフィリップから多額な報酬を得る。同時に、息子のように見える弟がフィリップの屋敷に来るが、ドリスの家庭は複雑で、子どもができない伯父夫婦にドリスは養子に出され、その後伯父夫婦に二人の子どもができ、伯父は病気で死んでしまう(結局、義母が子だくさん家庭の稼ぎ頭となり、「自立しろ」と言われたドリスは家を出てホームレスになる)。
家庭の複雑さを聞いたフィリップは「車椅子を押して一生を送ることはできない」と言い、ドリスを解雇する。フィリップは新しい介護人を雇うが(「いままでの介護人は2週間で逃げ出した」という)、いくら金があっても代替不可能なものがある。それはフィリップにとってセクシュアリティやジェンダーに関係なく、気の合った介護人である。
脊椎損傷を起こしたパラグライダーで再度フィリップは挑み、拒んだドリスも巻き込まれ、個人用セスナ機に二人でシャンパンを飲みながら搭乗する。最後に、気取らないレストランでドリスが「じゃあ俺はこれで。邪魔はしないよ、楽しんで」と言って立ち去り、代わりに文通相手がやってくる。フランスはやっぱりアムールの国だ。
ドリスは最初からフィリップの秘書(口述筆記や文通の代筆をしている)にモーションをかけていて、ドリスが部屋を立ち去るときも口説き、秘書が恋人の女性を連れてきたが、「3Pでもどう?」とドリスの耳元で囁く。何度も騙されたドリスは冗談だと思い、彼女と握手する。さすがフランスはアムールの国だ。