第1回「クィアって何? どこから来たの?」(4)

クィアの歴史についてパート2です。クィア・ムーヴメントが起こった直接的かつ重要な契機であるエイズ・アクティヴィズム(1980年代)は、ゲイ男性のみならず、レズビアンフェミニストたちやセックス・ワークに従事するトランスたちにとっても切実な活動でした。「クィア」の概念はトランスの存在なくしては成立しえないという歴史的背景をご紹介します。


●「沈黙は死」 声をあげなければ死んでしまう

このような状況のもと、このままではゲイ男性がどんどんエイズで死んでいくばかりだ、という危機意識が、当事者たちのなかに芽生えていく。その時に注目をあびるようになったのがエイズ・アクティヴィズムだった。この活動でもっとも有名なのはアクトアップ (ACT-UP;Aids Coalition to Unleash Power) という団体(もちろんほかにも運動団体はあった)。

アクトアップに代表されるエイズ・アクティヴィズムは、「いま自分たちはアメリカ合衆国政府によってどんどん殺されているのだ」ということを、怒りを持って強く訴えた。それまでにも医療的なサポートやコミュニティのサポートは行われていたが、アクトアップのようなカツドウは、それに加えて、エイズ問題を社会的政治的な問題として告発していくことになる。

エイズ・アクティヴィズムのスローガンとしてよく言われたのは、「沈黙は死」というもの。自分たちが声をあげ、社会と政府を動かさなければ、死んでしまう」という発想である。したがって、ひとの目を惹くような活動が考えだされ、実行される。それまでのゲイライツ運動とはまた方向が変わって、ひとびとが聞きたくないかもしれないことを無理矢理にでも聞かせなければ、という方向にエイズ・アクティヴィズムは向かっていく。


エイズ・アクティヴィズムは「怒り」にもとづいている

アクトアップの行動要項のひとつに、「アクトアップは、怒りを通じて団結し、エイズ危機を終わらせるための直接行動をおこなう、多様で非党派的なグループである」というものがある。エイズ・アクティヴィズムの基本は「怒り」にある。そのため、デモンストレーションや抗議などの直接行動も多くなっていく。「多様で非党派的」というのは、ひとつのグループにまとまらず、いろんなひとたちが入ってくるということ。先述したハイチ系移民(黒人)、麻薬常習者などのハイリスクグループをはじめ、HIVをめぐる問題によって浮き彫りになったマイノリティたちと一緒に考え、行動し、一緒に政府に抗議する、といったように、少なくとも理念的には、これはゲイ男性だけに特化しない運動であった。


クィア・ムーヴメントへとつながる3要素

このアクティヴィズムの方向性は、とりわけ都市部のセクシュアル・マイノリティのコミュニティなどに重要な影響を与えていく。そこで重要なもののひとつが、「差異の主張」。「あなたたちと私たちは違う」と主張していく。ふたつめは、いろんなひとをまとめていくという「包括性」。みっつめは「問題所在の転換」。たとえば、自分たちが勝手にリスクをおかしているのではなく、社会が私たちを見殺しにしているのであり、その構造を批判しなくてならないのだ、と転換していくこと。この3点は、のちのクィア・ムーヴメントに多大な影響を与えていく。

それまではゲイはゲイ、レズビアンレズビアンで、活動が分断されていることが多かった。当時、レズビアンはもっともHIV感染のリスクが低いグループだと言われてきた。にもかかわらず、フェミニズム運動を経由し、健康問題を社会問題として考えることになじんでいたレズビアンのなかには、初期段階から積極的にエイズ・アクティヴィズムにかかわったひとびとがいた。これらのひとびとを通じて、ゲイ男性グループとのあいだに共闘関係がうまれ、ゲイ・ムーブメントとレズビアン・ムーブメントがつながっていく。


エイズ・アクティヴィズムによるトランスの顕在化

もうひとつ、エイズ・アクティヴィズムを通じてトランス(トランスジェンダートランスセクシュアル)の存在も可視化されていく。

親や兄弟などからの虐待を逃れようとした若いトランスたちが都市部へと移り住むことは少なくない。かれらのほとんどは、職業訓練の機会もなく学歴もなく、都市部に知り合いがいるわけでもない。また、なかには手術を受けて体を変えたい、そのために大金をつくらなければいけない場合もある。このようなトランスがセックス・ワーカーとして働きはじめるとき、最下層のセックス・ワーカーとしてリスキーな性行為にさらされることが多く、したがって、HIVはじめ性感染症にかかる率もとても高かった。

となると、トランスはエイズ・アクティヴィズムにおいて決して見捨てることができない層になってくるし、当人たちの危険意識も高まっていく。こうしてトランスはエイズ・アクティヴィズムのなかで可視化されはじめ、ゲイやレズビアンとトランスとの連携が(これも少なくとも理念的には)探られるようになっていく。


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ごく簡単ではあるけれども、これまで説明してきた運動の歴史が、クィアという言葉や概念、アクティヴィズムを生み出してきた背景事情である。このような運動をもとに、従来のゲイ、レズビアン、トランスなどの別個のカテゴリにわかれるのではなく、相互につながりあっていくが、かといってまとまりのなかで埋没しあうことは拒絶する、というコンセプトをあらわすものとして、クィアという言葉がだんだん共有されていくようになる。


<つづく>