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オデの戸籍名の話をしようか?(1)


こうなったら、全部公開すればよい。


唐突だが、オデの戸籍名は今多千絵(いまたちえ)である。


何から始めようか? 名前(ミヤマアキラ)の由来は、デルGに書いた


やはり、時代に沿って書こうか? 44年も経つと面倒くさい。逆からいこうか。


2010年、オデは40歳で脳梗塞を発症し、左片麻痺言語障害になり、いまは身体障害者1級2種である。無職で、生活保護を受けている。


高校生のころ、オデは自分が「レズビアン」と自覚した。同い年16歳の女の子とセックスしたからだ。


でもいまは、「ノン・ヘテロ」である。理由はもちろんある


(もうすでに時代がバラバラだ!これじゃ読者が追いつける筈もない!!/汗)


えっと〜、もといもとい。


オデは1970年の、北海道岩見沢市の生まれだ。いまさら自分の戸籍名をカムアウトしても、もう覚えている人はいない。


でも「今多」という姓は珍しく、日本で滅多に見られない。昔、富山県に「今多村」があったとかなかったとか、そういう話である。


現在「今多」姓は、うちのとーちゃんとかーちゃんだけだ(オデの知るところによる)。二人とも後期高齢者である。姉貴はとっくに「今多」姓を変えた。20年前に結婚したからだ。この場合、女性でよかったと本当に思う。


駄菓子菓子、忘れられない嫌なこともあった。「いまたちえ」を真逆にすると「えちたまい」である。そのせいで小学生のとき、近所のクソガキに「エッチ玉いい〜♪」とからかわれたこともあった(バカにされつつホントに関心した。というか呆れた)。


何度も言うが、「今多」姓は珍しい。最初は担任教師でも「こんた」と読み間違える。フルネームでは、「こん/たちえ」である。もはやギャグにしかならないww


44歳になった現在は笑って話せるが、当時のオデは、自分の名前が嫌だった。恥ずかしかった。ついでに家族も同級生も学校も教員も自分も、なにもかもが嫌だった。オデは故郷を飛び出した。大学で上京という名の、家出だった。


大学の入学式のとき、オデは男性用スーツを着て出席した。そのせいか、むしろ男子学生たちと仲良くなり、オデが「女」だと気づいた彼らは静かに去っていった。女子学生はといえば(20数年前とはいえ哲学科専攻なので)、ヘンな女の子ばかりで、あまり群をつくらなかったように思う。


それでもオデは、大学に行っても授業には出ずに、演劇サークルにばっかり顔を出した。


どちらにせよ、「名前」はあっても、自分が「レズビアンであること」は、隠していた。


これは完全に「逃避」であった。何を迷っていたのだ、何を守ろうとしていたのだ自分ww


(もろもろあったが省略ww はっきり言って怖いし、自分でいろいろ思い出して書くのが本当に面倒くさいのよww)



つづく。