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『プレシャス』(2009年、アメリカ)


ふぇみん2010年2月25日号に掲載された映画評のご紹介です。ゴールデンウィーク公開予定。



「プレシャス」とは「宝物のような」という意味の英語。このミドルネームを持つ女の子が本作の主人公だが、皮肉にも彼女をめぐる現実はその意味とはまったく裏腹である。

舞台は1987年ニューヨーク、ハーレム。16歳のプレシャスのお腹には二人目の子どもがいる。子の父親はいずれも彼女の父親。実父にレイプされた娘を、母親は「あたしの男を寝取った」と責め立て、肉体的にも精神的にも虐待する。

黒人で、貧困で、読み書きができず、超太っちょのプレシャスは、高校でもいじめられ浮いている。どこにいてもひどい扱いを受ける彼女は、表面的には仏頂面で通し、ときに荒々しく抵抗する。

そして、残酷な現実から逃避するかのように、美しく着飾って注目される空想の自分をイメージする。空想の自分は自信に満ちあふれ、人々に愛されている。だが現実には、彼女にひどい悪態をつく母親の世話をしながら暮らすしかない。

ある日、学校側に妊娠が発覚し退学を余儀なくされたプレシャスはフリースクールへ送られる。そこで出会ったのは彼女と同様に何らかの理由でドロップアウトした子たちと、「授業」の範囲を超えてサポートしてくれるレイン先生だった。

それまでずっと寡黙で憮然としていたプレシャスが徐々に明るさをもちはじめ、豊かな感情を取り戻し、空想に逃げることなく自分を語る言葉を得ていく。

だが、映画の後半でプレシャスはさらなる受難に見舞われる。落ち込んでノートに一文字も書けなくなった彼女を、「それでも書くのよ。とにかく書きなさい」とレイン先生は強く励ます。「空想の世界に逃げても解決しない。辛くても現実に向き合いなさい」と言っているかのようだ。

本作は、貧困、虐待、レイプなど、ともすれば扇情的に扱われやすい題材を一手に引き受けながら、緻密なリアリティの積み重ねによってプレシャスの心の動きと成長をダイナミックに描き出している。

たとえば、プレシャスは移民や同性愛を嫌っていたが、彼女に明るさをもたらしたクラスメイトの大半は移民であり、プレシャスが家出して行き場をなくしたとき、自宅に泊めて利用できる制度を探してくれたレイン先生はレズビアンだった。一方、娘と孫を取り戻そうとする母親は、「家族」を理由にプレシャスへの虐待と搾取を正当化する。

「『家族の愛』が暴力と虐待を生みつづけるなら、そんな愛はいらない」。プレシャスはそう断言する。「家族」の枠を超えた愛に支えられ、2人の子を抱えて力強く歩き出す彼女は、「プレシャス」そのものだ。


【関連リンク】
「プレシャス」公式サイト
「誰が私を愛してくれるの」(サンフランシスコ・シネマライフ)