ホピ族の予言と衆議院選挙の話

 私はもうすぐ五十路の女で、独身、恋人なし。ついでに無職で身体障害者である。あと一つ増えたら萬貫で、老化の深刻な病を発症したら役萬ハネ萬だ。がしかし、「将来に不安を感じる」どころではなく「お先真っ暗」だが、私は「そのうちなんとかなる」と楽観視しているし、実際「なんとかなった」のだ。たとえば、一人暮らしの障害者は一人では暮らせないが、訪問介護制度を活用すれば何でもできる。


 これは今まで誰にも云ったことはないが、脳梗塞を発症してすぐに、「あ。セックスできないかも」と思った。暇なときオナニーして麻痺した手脚が勝手に収縮し、「面白い! 今の身体でセックスしたらどうなるんだろう?」と少しワクワクした。ちなみにセックスは一度もやってない。パートナーもほしいとは思わない。デリヘル嬢を依頼して性欲を満足すると個人的には解決だが、私は「身体障害者の性」と「性的少数者の橋渡しをしたいと思っている(ということは、「身体障害者の性」と「性的少数者の間には見えない大きな溝がある)。身体障害者ヘテロしか見つからないし、特に女性の身体障害者は性をタブー視しており、窮屈な思いをしているのではないかと懸念している。私がそうだったからだ。


 かつて健体者だった私はオープンリーなクイアだった。ところが、医療と福祉は私のアイデンティティを脅かすものだと感じた。特に、退院して自宅療養にシフトした私は、ケアワーカー、ケアマネージャー、ヘルパー、訪問看護や訪問リハビリなど、私の生活をより快適に過ごすようにする要員が揃っていた。週に2回通ってくるヘルパーには、私はなぜか窮屈な感じがしていた。ここは私のパーソナルスペースなのに。


 中途障害者の私でさえ不自由で窮屈だと感じたというのに、生まれたときからの身体障害者なら、ここに家族が入ってなおさらがんじがらめにされているだろう。そんなあなたたちに云いたい。現状で満足してはいけない、環境は変えられる、と。


 高校時代の友人で同人誌を書いていた中心人物が、「小説のテーマでタブーなのは、誰かが死ぬのとセックスすることだ」と云った。理由は知らない。誰かの引用かもしれないが、当初は軽く聞き流していた。しかし、今になって思えば、死ぬことと恋愛することは安直で身近なドラマであり(世の中で死と恋愛は同時多発的に起こっており、凡庸でありふれている)、読者は容易に感情移入し感動するからではないのか。


 誰だって肉親や友人同僚の死は傷ましくて悲しいし、誰だって自分が恋愛したらロマンティックにときめくのに決まっている。だが感傷と恋愛感情ほど凡庸なものはないと繰り返して私は書く。それが脚本家や小説家は自覚しており(あるいは視聴者または読者に受けると目論んでいる)知人の死と誰かと恋愛することをストーリー設定に持ち込むことは逃げでしかない。親兄弟は血のつながった他人だし、愛は執着にすぎないと私は思っており、言語障害があるので喋るのが面倒臭いし、脳に負担がかかって疲労するから、私はパートナーというものを求めていない。だから私は葬儀のシーンとラブシーンではなんだか白々しい気分になる。読者と視聴者を馬鹿にするなと思う。


 その同人誌で私も二、三度投稿したが、同じ冊子で「同性愛は不毛である」という雑文を書いた人がいた。それを読んだ私は「異性愛だって不毛じゃないか。同性愛をいちいちクローズアップするな」と思ったが、面倒臭くて直談判は避けた。そのころの私は同性とつきあっていたので、どうやら噂が流れたらしい。妄想創作系腐女子ホモフォビアであることは今も昔も変わらない


 さきほど読んだ倉橋由美子全作品集8巻の「作品ノート」で、「『自主規制』第二項」として、「自分だけで経験したことを逐一報告しても始まらない。例えば山中で大蛇に呑まれてその腹を切り裂いて出てきた話とか空飛ぶ円盤を見た話とか難病にかかって苦しんだ話とかは、本人にとっては大変な経験であろうが、他人から見れば痛くも痒くもない」とある(ちなみに「自主規制」第一項は「自分と他人とが関係して起こったことをそのまま小説に書いてはならない」。これは相手の了承なしにプライベートを公表するなということで、私も同意である)。私がここで書こうとしているのは「難病で苦しんだ話」だろうか? それはともかくとして、かの倉橋御大の逆鱗に触れるかもしれないし、見向きもされないし、そもそも絶対に読まれることはないだろう(もうお亡くなりなっているから)。


 私がここで書こうとしているのは、脳梗塞の後遺症の経過報告である。病人といえばそうかもしれないが、自分としては怪我人くらいの感覚である。片麻痺と云えば多くの人たちが「手脚が動かない」と思うだろうが、動かないのに加えて左側の腹筋と背筋であり、首であり顔である。振り向こうとしてもうまく振り向けないし、もともと口笛は得意だが現在では口蓋の構造が変わってしまい、ほとんど吹けないし、音階も狭い。口のなかで響かせるには唇の位置を変えて工夫するしかない。でもこれは苦しい話だろうか?


 動かないのは不自由で不便だが、身体の変わりようを私は興味深いと思っている。脳神経が壊れるときは一瞬だが、回復しつつあるときには身体のどこからどのように回復するのか自分なりに検証したい。脚と腕では脚のほうが早く回復するらしいが(例外も稀にあるし、リハビリなしで唐突に回復した事例も知っている)、発症から7年経った私の身体は、杖を使ってやっと歩行ができる程度である。右脳の運動神経はいったん失ったが、怠けつつもリハビリを行うなかで、右脳のニューロン細胞はニョキニョキと生え出し、今は左脚の運動神経の成り損ないであろうとイメージしている。なぜなら、脚は動かないこともないが、力が出ないし、思い通りには動かない。腕も脚も体幹に近い付け根から動き出す。末端はまだ先である。自分の手足の動きの変化を見ていると、そのまま脳神経の動きのようである。今は「共同運動」が先だが、そのうち「分離運動」が起こってくる。これは運動神経の発達だと思っている。右側を動かすと同時に左側にも強張りが起こるが、これは筋肉が連動しているせいだろう。


 私は半身の神経を失ったが、まだ健全な部分が残っている。私の場合、左側は廃用症候群であり、右側が過用症候群である。つまり、左側が動かないため使われなさすぎて浮腫み、皮膚が湿潤液で満たされていて触ると痛いし、夏も冬も皮膚が冷たいし、右側は使われすぎで節々が痛いのである。


 片方が使い物にならなくなれば、もう片方だけで使うほかない。そもそも人間の身体、生き物の身体は、なぜ右と左と二つあるのだろうか?


生き物の身体は、ちょうどまっぷたつになる。プラトンの『饗宴』によると、エロス賛美の前にアリストファネスがこう云った。人間の身体はもともと手脚が四本ずつあり、頭が二つあった(「人間球体説」)が、神ゼウスの怒りに触れ、その罰としてまっぷたつに別れてしまった。人が人を愛するのは元来の形状を求めるせいである、とあるが、これはお伽噺だと思ったほうがいい。ちなみにこの球体には、男女、男男、女女があり、異性愛だけでなく同性愛や両性愛の根拠にもなると解釈する人もいる。


 世の中には二元論というものがある。天と地、善と悪、光と闇、火と水、女と男、精神と肉体、感情と理性、内と外、人工と自然、文系と理系、右派と左派、タカ派ハト派、保守と革新、衆議院参議院などなど。中国の古代思想には五行思想(水・金・土・木・火)があるが、現代日本はすでに曜日くらいしか名残がない。それに対して西洋では四大元素説があり、比較される思想である。エンペドクレスが最初に説き、続いてアリストテレスの説がもっとも広く支持された。四元素を構成する「温・冷・湿・乾」は四性質とも呼ばれており、物質そのものではなく物質の性質を表していたが、洋の東西を問わず、この思想はもはや廃れており、その代わりに二元論に基づく二項対立が思想のうえでも政治のうえでも日々の日常会話でも、現代人の薄っぺらい思想では、白黒つけずにはいられないものである。


 もしかしたら、この世はバランスを失った世界かもしれない。手は両方あるのに、右利きの人がメジャーであり、男女平等はお題目にすぎず、どうしても男のほうが優勢であり、自然はどんどん失われ人工物ばかりが出現していて、地球環境が深刻な影響を与えている。人類は原子力開発に成功したが、その成功と栄誉が滅亡となるかもしれない。前述した「同性愛は不毛」の理由は「異性愛者は子どもを生めるから」というありふれたものだが、人口爆発しかねない現代では、「子どもを生む」ことが元凶になるのかもしれない。


コヤニスカッツィ/平衡を失った世界(1982)』は、ナレーションを一切使わず、ただ流れてくる映像を早回ししている。現代音楽(ミニマルミュージック)のフィリップ・グラスは素晴らしいメロディーを繰り返している。内容としては、アメリカの原風景から始まって開拓され、都市になっていき、ひたすらスクラップ&ビルドの繰り返しで自然を壊し続けるという、文明社会への警鐘であり、現代を批判・風刺したドキュメンタリー映画であり、「21世紀の映像黙示録」である。タイトルの「コヤニスカッツィ」とは、ホピ族(アメリカ・インディアンの部族のひとつ)の言葉で「常軌を逸し、混乱した生活。平衡を失った世界。他の生きかたを脅かす生きかた」の意。


 ホピ族の預言は当たっていると私は思う。この預言を公開するため、第二次世界大戦終了後、ホピ族の長老トーマス・パニャック氏は、人類に対する警告書として、ある預言を国連本部に送った。次の文章である。

「現在の世界は、まず白い肌の人間の文明が栄える。次第に彼らはおごり高ぶり、まるで地上の支配者になったように振舞う。白い兄弟は馬に曳かれる車に乗ってやってきて、ホピ族が幸せに暮らしている土地を侵略する。その後、大地は、馬に曳かれない車の車輪の声で満たされるだろう。そして、牛のような姿で大きな角を生やした獣が多数現れるだろう。次に、白い肌の人間は『空の道』を作り、空中に『くもの巣』をはり、陸上にも『鉄の蛇』が走る無数の線を張りめぐらす。やがて、『第一の炎の輪』の中での戦いが始まり、しばらくすると、『第二の炎の輪』の中でも戦う。そのとき白い兄弟たちは恐ろしい『ひょうたんの灰』を発明する。この灰は川を煮えたぎらせ、黒い雨を降らせ、不治の奇病をはやらせ、大地を焼き尽くして、その後何年も草一本生えないようにする。そして白い肌の人間たちは、空のかなたで見つめるタイオワ(グレート・スピリット)の怒りと、警告に気づかず、ますますおごり高ぶって、とうとう『月にはしごをかける』までになる。この段階でタイオワは『第四の世界(ホピ族では、この世界を第四の世界と呼び、今まで第一、第二、第三の世界は滅んでいるという)』を滅ぼすことを決意する。その時期は、『空に大きな家を作るとき』である。そして、地上の天国で、大きな墜落で落ちる住居のことを聞くだろう。そしてそれは青い星として現れるだろう。この後すぐに、私の民の儀式は中止される」

 
 これを読んで、思い当たることはないだろうか。現代人は目の前の現実、つまり金や収入だけを見て、予感や直観は鈍ってしまい、やがて起こる危機に気づかずに滅んでしまう。日本は原子爆弾を落とされた唯一の国で、東北大地震によって原発の痛手を負ったのだから、政治家は「原発反対」と主張することは容易い。しかし、アメリカは原発産業を推進している国なので、いざ日米交渉の際に誰一人主張できないだろうと私は思う。なぜなら日本は、原爆を二度落とされた敗戦国だから。ならば、なぜ今、政治家はこぞって「原発反対」という耳障りのよい言葉を主張するのか? それは日本国民にとってもっとも賛同・迎合しやすい合い言葉だからである。政治家は二枚舌であることを忘れてはいけない。アメリカが悪いとは思わないが、アメリカは狂っていると思う。その狂気にひきずられないようにするには、どうするべきか?

 さあみなさん。みなさんにできることは、各政党サイトをじっくり読んで、選挙に行くしかないのですよ!

「かわいそうな弱者」か? 「権利を主張するプロクレーマー」か?

昨日の午前中、銀行ATMに行くと、もう人が並んでいた。オデは車椅子で並んでいた。あと二人くらい並んでいたし、月頭の月曜日じゃ一人につきけっこうな時間がかかると思っていたオデは、そのまま車椅子に座っていた。オデの前の人がATMに向かっていき、オデは立って杖の用意をして、階段を上がりかけた。

 

そのとき、図々しいおっさんが横入りしてきた。

「おい、並んでいるんだぞ!」

とオデの後ろで怒鳴る声がする。

「ああ、すみません」

と横入りのおっさんが列を譲る。図々しいが気の弱いおっさんだ。階段を上がっていたオデは余裕がなくて誰の顔も見えず、状況も見えなかった。もしかするとオデの後ろにはもはや列が続いていて、横入りのおっさんはオデの前ではなく、列のド真ん前に横入りしたのだと思った。

客観的な状況は無視して、オデの勝手な想像をしよう。横入りしたおっさんは、車椅子の存在を「モノ」としか見なかったのだと思う。もし並んでいたのが「健常者」なら、横入りなんて言語道断である。それが、障害者のオデが列に間を開けて、その隙間に図々しいおっさんが横入りしてきたのだ。おっさんは完全にオデを舐め腐っている。

 

で、バニラ・エア炎上である。

鹿児島県奄美市奄美空港で今月5日、格安航空会社(LCC)バニラ・エア(本社・成田空港)の関西空港行きの便を利用した半身不随で車いすの男性が、階段式のタラップを腕の力で自力で上らされる事態になっていたことがわかった。バニラ・エアは「不快にさせた」と謝罪。車いすでも搭乗できるように設備を整える。

 男性は大阪府豊中市バリアフリー研究所代表、木島英登(ひでとう)さん(44)。高校時代にラグビーの練習中に脊椎(せきつい)を損傷し、車いすで生活している。木島さんは6月3日に知人5人との旅行のため、車いす関空に向かった。木島さんとバニラ・エアによると、搭乗便はジェット機で、関空には搭乗ブリッジがあるが、奄美空港では降機がタラップになるとして、木島さんは関空の搭乗カウンターでタラップの写真を見せられ、「歩けない人は乗れない」と言われた。木島さんは「同行者の手助けで上り下りする」と伝え、奄美では同行者が車いすの木島さんを担いで、タラップを下りた。

 同5日、今度は関空行きの便に搭乗する際、バニラ・エアから業務委託されている空港職員に「往路で車いすを担いで(タラップを)下りたのは(同社の規則)違反だった」と言われた。その後、「同行者の手伝いのもと、自力で階段昇降をできるなら搭乗できる」と説明された。

 同行者が往路と同様に車いすごと担ごうとしたが、空港職員が制止。木島さんは車いすを降り、階段を背にして17段のタラップの一番下の段に座り、腕の力を使って一段ずつずり上がった。空港職員が「それもだめです」と言ったが、3~4分かけて上り切ったという。

 木島さんは旅行好きで158カ国を訪れ、多くの空港を利用してきたが、連絡なく車いすで行ったり、施設の整っていない空港だったりしても「歩けないことを理由に搭乗を拒否されることはなかった」と話す。

 バニラ・エアANAホールディングスの傘下で、国内線国際線各7路線で運航する。奄美空港だけ車いすを持ち上げる施設や階段昇降機がなく、車いすを担いだり、おんぶしたりして上り下りするのは危険なので同社の規則で認めていなかったという。バニラ・エア奄美空港でアシストストレッチャー(座った状態で運ぶ担架)を14日から使用、階段昇降機も29日から導入する。

 同社の松原玲人(あきひと)人事・総務部長は「やり取りする中でお客様が自力で上ることになり、職員は見守るしかなかった。こんな形での搭乗はやるべきでなく、本意ではなかった」とし、同社は木島さんに謝罪。木島さんは「車いすでも心配なく利用できるようにしてほしい」と話している。(永井啓吾)

 この記事が配信されたのは6月28日。オデはこの記事を読んで単純に「ひでえ」と思ったが、ほかの人々は、最初は「障害者かわいそう」「バニラ・エアひどい」と思い、その訴えた障害者が「荒っぽい」方法で今回の騒動を起こし、「バリアフリー研究所」代表としてコンサルタントや講演活動を行っていると知ると、今度は「プロクレーマーかよ」「障害者ビジネスやってるとはけしからん!」と木島さんをバッシングし始めたのである。

 

たとえば、こんな感じ。

 

 

 

 

 

ね? 手のひらくるっくるでしょ? 情報に泳がされてる感じ。ていうか「障害者=健気で一生懸命生きている可哀想な弱者」には感動も同情もするが、「権利を主張して不備を抗議する者」になったら、なぜ叩くの? 確かに彼は航空会社のルールを破ったが、それは「(会社都合の)不当なルール」であって、ルールそのものを破らないとバニラ・エアの改善はなかったのである。

 

1977年、「川崎バス闘争」をご存じだろうか?

youtu.be

このバス闘争は、「全国青い芝の会」が起こした。路線バスは公共交通機関であり、車椅子の障害者に介助者がついて車椅子からバスの座席に移乗させないと危険だからと拒否したのである。動画を見るとわかるが、障害者が道路に寝そべってバスの乗務員たちが罵声を浴び、バスに乗り込もうとした障害者を引きずりおろすという、今になってみるととんでもない闘争である。障害者はここまでしないと外出できなかった。がしかし、バスはそれでも障害者を拒否したのである。今から40年前の出来事だ。

 

1994年「ハートビル法」が、2006年「バリアフリー新法」が制定し、2016年には「障害者差別禁止法」が制定された。

 

いくら法が制定されても、人々の意識はあまり変わらない。今回の「バニラ・エア炎上事件」がそうであり、オデの身近な「ATM横入り事件」もそうだ。健常者で異性愛者で日本人のマジョリティである「無徴」な人々は、それ以外の人々、障害者、非異性愛者、外国人などマイノリティの「有徴」な人々を「他者」とみなす。「他者とは何か?」を考えようともしない。「他者」に無知無関心で、興味を持たない。

 

前述した「青い芝の会」を撮影した原一男監督は、ドキュメンタリー映画を製作したきっかけをこう語る。

「ある日、電車のなかに車椅子の障害者を一人でいさせて、僕はそこから離れて見ていました。乗客は全員固まったまま。それで映画を作ろうと思いました」

 

『さようならCP』は、「障害者を見世物にしている」と批判されたが、彼は障害者を見る人々にしつこくインタビューをしている。曰く、「可哀想だと思って」「気の毒だ」である。

 

「無徴」な人々は「有徴」な人々を「見て見ないふり」である。これは今も変わらない。所沢の駅はコンパクトだけれども路線が複雑で、ある日オデは白状を持ってウロウロしている人を見て、「何かお手伝いをしましょうか?」と言った。その人は行きたい駅を言い、オデはその路線を伝えた。「無徴」な人々は困っている人を見ても無視である。そもそも視野に入ってこない。

 

で、オデの感想だが、木島さんの抗議は正当なものであり、バニラ・エアも謝罪してすぐにストレッチャーや階段昇降機を準備した。LCCといっても、障害者の搭乗のコストを見越した上で周到な準備をするのがもっとも理想的だと思う。

 

 

 

 

<喪>とクイア

 昨日参加した「<喪>とクイア」では、オデと研究者たちが完全に違う方向を見ていたことがやっとわかった。ここは大学だし、「アメリカでエイズ危機(医療従事者たちがゲイを含むハイリスク・グループを勝手に決めて治療拒否し、エイズに罹患したゲイたちの多くが死んだこと)が起こったこと」の英語の参考文献もあるし、日本のLGBTにおけるメディアが「海の向こうで起こったエイズ危機」を完全に忘れて「同性婚」ばかり関心があって報道していることにも腹立たしい思いがある。そんなおめでたいことやってる場合じゃないだろう! もしも日本で新たにエイズに似たような性感染症が蔓延したら、「同性婚」を返上するだけではなく、さらに深刻なゲイ・バッシングが起こるかもしれないし、30年前のアメリカの起こした過ちから日本は何も学んでいない。そのバッシングはメディアを通して増幅する。現在の日本の「同性婚」が当事者に“お祭り感”を増幅するように。

 性的マイノリティ、LGBTとメディアが表記して報道するようには、現実のLGBTは連帯してなどいない。民間企業は「LGBTサービス商品(主に生命保険など)」を展開させて、当事者の財布のヒモを緩めようとするが、レズビアンとゲイは経済的格差があり、性的マイノリティの重圧は(比較的社会的地位が高い)ゲイのほうが強い。トランスジェンダーは去勢/避妊手術をしないと本人の望む戸籍上の性別に変更されないという「人権侵害」が起こっているし、そもそも「性同一性障害」グループと「トランスジェンダー」グループとの決定的な分断がある。そのようななか、異性のパートナーがいるバイセクシュアルは「卑怯」と言われ、性的マイノリティのコミュニティのなかでさえカムアウトできないでいる。カムアウトしたところで、「あの人、本当にバイセクシュアルなの?」と陰口を言われる。

 で、日本のクイアたちが「くたばれ家父長制!」「戸籍は廃止しろ!」とパレードでプラカード揚げてるが、当の性的マイノリティのパレード参加者たちはプラカード見てポカンとしているし、これは完全スルーだなきっと。

 なんだよ、LGBTって言葉だけが存在する「非実在集団」じゃねーのかよ? 実際にはバラバラで、解決すべき喫緊な課題がそれぞれ別々にあり、すぐ隣の深刻で喫緊な課題は互いに無視してるんじゃねーか。「LGBT」は幻想だったんだね、きっと。

 廃止すべき制度や法律が日本にはたくさんあることは充分にわかっている。でも、個人ではその訴えは効かないし、声も届かない。そこで互いの共通な課題を出し合って連帯しよう、そうしよう、となるが、実は昔も現在もバラバラだ。

 さて、どうしようか? オデは日本政府を動かす伝もコツも情報もないし、金も人材もない。そもそも一人で掃除することもできないし、ゴミをまとめることもできない。だったら一人で黙っていようか? いや、それはダメだ。必ず解決する方法はある。

 昨日のテキストDouglas Crimp“Mourning and Militancy (1989)”は、オデはまったく読んでない。彼がエイズ・グループ「ACT UP」のメンバーの時に書いたもので、「喪失(死)としての贈与」がなんであるかさっぱりわからなかった。でもそれがわからなくても、「贈与」されることもあるかもしれない。死者の「贈与」はサプライズと相場が決まっている。たとえそれが「負の贈与」であるかもしれないし、「正の贈与」かもしれない。

とにかくオデは、「贈与」の時がくるまで生きていなくてはならないのだ。臥薪嘗胆の日々である。

地味に電子書籍で出版します(しかもエロ小説)

唐突ですが、ミヤマアキラ初短編小説集を電子書籍で出版しました。そういうことです。金額は9.99USD。2月10日現在、日本円で1200円くらい。でも無料キャンペーンやる予定です。

 

壁の紙魚/奇妙な夫婦/ペドフィリア

 

まあ一応読めることは読めるのですが、オデ的にはDTPに完全に失敗してるので、ご笑覧くだされ。

またしても唐突ですが、<あとがき>を抜粋します。短編小説の解説には手っ取り早いし。

 

***

 

2010年、脳梗塞で左片麻痺言語障害高次脳機能障害という後遺症になり、私は当然、身体も言葉もままならないので、生活保護を受けて働かないで暮らしていた。少しは生活保護から脱出するため就職活動もしたが、もともと会社に勤めるのが性分に合わなくて、半年で辞めた。


発症後、脳梗塞高次脳機能障害、リハビリについての本や、それ以外の本を読み漁った。仕事をする体力はないが時間はたっぷりあるので、若いころ好きだった作家の本、新進作家の本、芥川賞の本も読み、これだったら私に書けるかもしれないと思ったが、劣悪な住宅事情が執筆活動に向かないので、去年の二月にバリアフリーの住宅に転居し、生活環境を一新して小説に取り組んだ。金にならないのは当然だが、いまではこれは私の仕事だと思っている。しかし読み返してみると、まだまだ精進が足りないと思った。


以下は各作品についての感想やエピソードである。


<壁の紙魚>は、好きなラジオ番組の相談があり、パーソナリティーが語っていた言葉をヒントにして書いた。往々にして男性が一方的に女性に一目惚れし、告白しようと悩んでいるのだが、そのパーソナリティーの回答は「相手の女性は状況や事情をまったく知らないから怖いと思うでしょう、だからおよしなさい」という優しいたしなめの言葉を伝えた。男性はどうして女性を見た目で判断するのか、どうして一人で勝手に盛り上がり、いきなり相手を巻き込もうとするのか。相手の女性は単なる迷惑を通り越し、告白する男性に対する不快や恐怖で生活もままならないだろう。私が怒りと疑問によってこの作品を書いたら、主人公は人間の見た目を通り越し、何か空気のような雰囲気のようなものを見ているのが昔からの習慣だった、という落ちになった。


<奇妙な夫婦>は、実際の私が経験した話である。フリーライターをやると必ず、こういうオカルトめいたエピソードが出てくるは私だけではないはずである(特にビジネス関連の実用書はポエム染みていて空恐ろしい)。この作品は、私の人の引きの強さ的に強烈で、信仰もなしに身体(存在)には効果があるものだと思ったものだった。その(相談の)効果は、私の過去世(前世よりもずっと前の経験の記憶)がより明確になってきて、時間的に暗示が強くなってきているが、私はいまだに信じていない。たとえ彼女は本物のヒーラーだとわかっていても。これは現代の哲学事情もそうなっている。「新実在論」を提唱したマルクス・ガブリエルというドイツの哲学者は、「物理的な対象だけでなく、それに関する『思想』『心』『感情』『信念』、さらには一角獣のような『空想』さえも、存在すると考える」のである。おそらく私は、自己都合な解釈をしているだろう。


ペドフィリア>は、リチャード・ガードナー『少年の性的虐待(2005)』を読んで思ったことが作品のモチーフになった。この本は「被虐待者は少女」「養父か見知らぬ人が加害者」という、かつての性的虐待の神話を崩そうとして、ジェンダーの面から分析している。「実父が加害者であり、その妻は共犯者」というのが、性的虐待のクライアントにカウンセリングして判明・分析したデータの集積であり、私の印象に深く残った。当然アメリカのケースばかりだが、私はこれを日本に置き換えて、旧家の「家制度」を加えた。制度で後継するのは伝統文化や財産だけではない。暗い影の因習や閉塞感、負の遺産も継承されるだろう、と憶測で空想した。この空想が事実でなければいいと願っている。


最後になったが、この作品の表紙写真を提供してくれた壱花花さんに感謝したい。壱花花さんのフェイスブックには、ときどきこのうさぎのぬいぐるみの写真がアップされているが、それを見た私はいつも不気味可愛い感じがして、思わず笑ってしまうのだった。

                                                  二〇一七年二月十日                                   ミヤマアキラ

 

戦争がなくても平和じゃない―『この世界の片隅に』所感

我が心の恩師・木田元氏は、「戦時中、僕は人殺しと強姦以外の悪を一通りやった」と笑いながら言った。おそらく闇市か何かで儲けたのだろう。木田氏はその金で自己投資をした。つまり、大学へ行き「現象学」の大家になった。

一方で、山口良忠という裁判官が闇市の闇米を拒否して餓死した。彼は裁判官としての範を垂れようとしたと思われる。

さて、『この世界の片隅に』の浦野すずはどうだったのだろう。広島市から呉市に嫁入りした彼女は、お姑さんが大事にしていたお金を持って闇市に出かけ、砂糖だけを買った。当時、砂糖は貴重で大事な食糧で、ただでさえ物資が不足していたのに、金さえあれば闇市で何でも買えたのだ。「GIスープ」といううどん状の食べ物(ラッキーストライクの空き箱入り)があり、義姉と一緒に食べ、そのあまりの旨さに痺れていた。しかし、家庭に戻れば、またいつもの粗末な食事である。

「何でも使うて、暮し続けりゃならんのですけ、うちらは」

すずが言うように、戦争があってもなくても、日々の暮らしを続けなければならない。

日本の戦争を描いた有名な作品で「はだしのゲン」があった。オデの小学校には全巻そろっており、グロテスクなストーリーと描写で、オデは少しトラウマティックになった。あろうことか、戦争が終わって30年以上経ったころには「はだしのゲン」はオデにとって「他人事」になっていった。

日本の戦争を描いた映画「野火(2014)」を観た。オデは比較的好きな作品だったが、渇きと飢えのため兵隊たちが食人したのではないかという話で、その究極的設定が観客にとって「他人事」となった。しかたのないことである。むしろ「他人とは思えない」と身に迫る場合、その社会は恐ろしいことになっている。

多くの人々が求める作品は、「ありえねえ!」と感じるものだったが、この作品は「あるある~!」という共感をもとにして成立した。それは一見して、平和でちょっとコミカルで、穏やかな「日本人的普遍的生活」を描いたもので、「古き良き時代」として懐かしい感じがするが、果たしてそうだろうか。

オデが高校生のとき、『戦争がなくても平和じゃない』という本を読んだ気がする。確か新聞社の編集部かなんかで、個人のものではなかったが、「部落」の存在を知って衝撃が走った。道産子ならアイヌの人権や北方領土返還の問題もあるだろうが! と一人ツッコミをしたが、そこは岡目八目、灯台下暗しの心境である。道民はノンポリ寄りの保守派だからなあ。

いまでも部落の問題は解決していない。それ以外にも、差別やヘイトクライムの問題は後を絶たない。それを「他人事」として、見ないふりしていいのだろうか。

確かに、あれもこれも「他人とは思えない」ことは疲れる。だからといって自分自身のことも「他人事」にしてしまってはいないだろうか?

 

幼いころからすずは、ものをよく見て絵を描いた。それが爆弾によって姪のハルミとすずの右手を失ってしまう。絵を描く右手を。失った動機は戦争だけではない。病気や事故、災害、その他不幸なことで、かけがえのないものを失う機会はある。右手を失ったすずは、号泣しながら怒りながら、それでもささやかな生活の楽しみを忘れず、淡々と生きていく。

この映画を観たオデは、不覚にも泣いた。帰りの道中クールダウンをして、このブログを書いている。感動して泣いたままではいけない。思考停止してはいけない。結論を感情的に流してはいけない。他にも書きたいことはあるが、あんまり書くと視点がブレてしまうので、このへんにしておく。

 

*追記:右手を失ったすずは、その右手がない印として、一人の戦争孤児と出会う。おそらく、亡くなったハルミと入れ替わりに孤児とすずたちは生活していく。この不幸な偶然をほんの少しの幸せにすることが、その一連したシーンを見てオデは想像し、泣いた。

 

 

 

 

たぶん、マスコミは今後沈黙するだろう―神いっき、「解離性同一性障害」か? 「性同一性障害」か?

一昨日、神いっきの公判に行ってきた。精神鑑定の最初の医師の見解は弁護人と裁判長が否認しており、新たな精神鑑定を行った医師が証人として喚問された。全部で3時間の公判で、時が経つとトイレに行く傍聴人が幾人も出て、いやはやだった。

この医師は無名であるが、素晴らしい仕事をしている。解離性同一性障害の患者を300例診察しており、うち10例が統合失調症詐病であった。臨床医として33年の経歴を持つ。

「神いっきが主人格として、複数の人格を持っている解離性同一性障害と診断しました。解離性同一性障害は、たとえるなら、主人格はバスの運転手で、耐え難いストレスがあると、後部座席に座っていた他の人格が主人格を押しのけて、主人格は助手席に座って休眠しているようなものです」


「この事件に関りを持つ人格は、子どもっぽいけどすべてを見ているゲンキくん、投げやりで酒が好きなコウジ、神いっきが12歳のとき突然ピンクのランドセルを背負ってやってきたミサキの3人です」

 

精神鑑定は、ゲンキくんと他の人格が脳内で相談・会議をし、ゲンキくんになってコウジやミサキの言葉や思いを担当の医師に伝える、というものである。

 

検事「被告が乳房切除したとき、ミサキの反応はどうでしたか?」

医師「悲しい、と言ってました」

検事「解離性同一性障害と多重人格は同じものではないですか?」

医師「同じものですけど、従来の手垢がついた名称を、手垢がつかないように名称を新たにしました。この疾患名はDSM(アメリカ精神医学会・精神疾患の分類と診断の手引き)によるものです」

検事「被告が演技をしていない、つまり嘘はついていないと診断されたのは、なぜですか?」

医師「本人が不利益な証言までしていることから、そう診断しました。演技をする、他人のふりをするというのは、込み入った事情があるにもかかわらず、矛盾せずに証言をするのは常人には不可能なので、本当ではないかと判断しました」

裁判長「ゲンキくんのような子どもっぽい人格は、年をとらないのでしょうか?」

医師「年をとる場合もありますし、とらない場合もあります」

 

オデの見解では、ミサキが「声優のアイコ」として犯行に及び、それでもミサキは自己利益で強盗した形跡はない。ミサキは「女になりたい」一心で女装したまでだ。

 

しかし、解離性同一性障害の患者が罪を犯した場合、主人格ではないものの犯行の責任を、裁判所はどう判断するか? である。ちなみに解離性同一性障害の患者の犯罪はすでにあり、判例となっている。その判例に倣って判決を下すのだろうか。

 

解離性同一性障害になった原因は、神いっきが幼少のころ、父親の激しく厳しい暴力暴言があり、次回の公判は母親を証人喚問する予定である。おそらく、医師の証言(解離性同一性障害)は認められる可能性がある。

 

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この事件が起こったとき、「性同一性障害トランスジェンダー」の表記統一もなく、「女装した犯人が昏睡強盗か?」「容疑者は妊娠」「出産したい」などというセンセーショナルなものだったので、世間の眼差しはいささか下世話な感じがしたが、我々の業界(?)では早くも「神いっきは性同一性障害か? 解離性同一性障害(多重人格)か?」という議論があった。

 

解離性同一性障害(多重人格)」だと「心神喪失」が認められて「無罪」の可能性があるが、あくまで「性同一性障害」だと「心神喪失」が認められる可能性はなく、「懲役5年(強盗の最低量刑)」は確定的である。

 

たとえ「無罪」が確定したとしても、その後の神いっきの生活が心配である。治療に専念するためとはいえ、人格が「統合」するのはいつになることやら。そもそも神いっきは「性同一性障害」ではなく(診断名がない)、乳房切除やホルモン注射をし、名前を変更して「男性」になった人である。子宮や卵巣を内摘しなかったのは金銭の限界の問題と思われ、要件を満たさなかったために戸籍の性別変更ができなかったのであろう。

 

それから、オデが個人的に東京拘置所にいる神いっきに何度か手紙を書いて接見しようとしたが、神いっきは拒否した。もしかすると彼はトランスフォビアじゃなかろうかと思ったが、いまはそれはどうでもいい。昏睡強盗という犯罪をしたことも重大だが、その原因となった解離性同一性障害の治療をするのが先決だ。

成宮寛貴にならなかったわたしたち

昨日、新宿某所で某学問系のイベントに行き、知人と会ったオデは「成宮寛貴っていままで全然興味なかったけど、突然の引退でちょっと驚いたよ」と話したら、知人は「なぜかわたしたち(Lカップル)のあいだに俳優のファンがいると必ず彼はゲイになっちゃう」と笑い、「でも、生い立ちから考えると、自分で想像しちゃうなー。彼、確か沖縄出身でしょ? それで中学卒業して、弟を食べさせなきゃならない、東京へ行って二丁目に来るしかない、って、後は自分の想像通り」

「ああ、確かに」とオデは答えた。オデはディープでダークサイドな二丁目は詳しくないが、それでも二丁目デビューした若いゲイの子たちって、何となく悲惨な状況にあることだけは想像がつく。某活動団体は「二丁目以外の場所で会い、話し合う」と言っていたような。これでBL好きなら深くインタビューして悲惨な事例を多々挙げられるが、オデはチンコにはまったく興味ないノン・ヘテロなので、活動ゲイ男性たちのほとんどが「きれいごと」しか言わなかった印象がある。

いま「ほとんど」と書いたが、例外はあるようだ。「公園=ハッテン場」問題や「セイファーセックス」、「ゲイの売春夫」などがそうである。公園以外のハッテン場も、噂で聞いたことがある。「いいなあ。わたしたちにもハッテン場がほしい!」と羨むような“性的に活発な”レズビアンたちもいて、クラブイベントでせいぜい「お持ち帰り(ワンナイト・スタンド=割り切りの、一夜限りのセックス)」するくらいだろう。

ちなみにオデは、ワンナイト・スタンドは一度だけある。相手がホテルに誘い、相手がオデのマンコをいじり、相手のマンコはNGという、なんとまあ可愛らしくてしょぼくれたこと。それでも女子のSTD(性感染症。*性病ではない)はほとんど聞いたことがなかった。ヘルペスを移した移された、くらいなもんかなあ。

現在「LGBT」という言葉があり、この表現はまるで「レズビアンとゲイとバイセクシュアルとトランスジェンダーは一緒!」のような魔法の言葉だが、実際には全然違う。レズビアンやゲイはバイセクシュアルを「裏切者」と名付けるし、トランスジェンダー性同一性障害とは解釈が違ってケンカはするし、そもそもレズビアンとゲイの社会的経済的格差は厳然とある。せいぜい、ブッチなレズビアンやフェムなゲイがトランスジェンダーになるだけである。それでも性別移行中のトランスは、女子は目立たないが男子は目立ち、女子のオペ中は侵襲度が高く、男子のオペ中はかかるお金(=美容整形度)が高い。

以上、オデが知ってる「LGBT」界隈の話である。ビンボーなオデは25歳で二丁目デビューし、コミュニティにはまったく入らず、いつも単独行動でいた。そもそも2丁目デビューの理由は、創作のための潜入取材である。そんなこんなで、いまは二丁目にも行かなくなった。老舗のレズ・バーが、いまは存続の危機である(てか店を閉めたところしか知らないし、いまさら店を新規開拓する気もないし、二丁目は身体的にも精神的にもアンチバリアフルな街である)。

で、成宮寛貴である。ここからはオデの想像だけで、いまネットニュースに上がっているコカイン疑惑やペドフィリア疑惑も、いまのところは推測するしかない。オデは成宮寛貴disをする気もないので、あえて「中立」な立場をとるが、それでも同じ匂いがする成宮寛貴を、想像することしかできないでいる。オデは二丁目の情報通ではないのである。

想像してみようと思う。中学卒業後の成宮寛貴は、いかに二丁目から芸能界にデビューしたのだろうか。そしていま、疑惑=引退=国外にいるのか。

それは、成宮寛貴もまたペドフィリアの餌食にかかり、トラウマの再現として、立場を変えて同じ行為をする、傷がついたレコードのように、何度もトラウマを繰り返す。大人になり有名になったとはいえ(いや、大人になって有名になってもなお)、まだまだ傷は癒えないのだ。これがその理由となる想像だ。と同時に嫌な予感がする。

もしイベントで会った知人だったら、子どものころから性的マイノリティを自覚しているだけに、もっと悲惨にえげつなく、救われないくらいに想像力のむごさを語っていただろうけども、オデはこれが限界である。

ここで「芸能界の闇は深い」などと、話をまとめて思考(想像?)停止するのは、多忙なマスコミだけにしようと思う。タイトルに挙げたように「成宮寛貴にならなかったわたしたち」は、氷山の一角でしかないのだ。「わたしたち」はなぜ、個人のブログを書くのか。それはマスコミが書か(け)なかった、「わたしたち」だけの役割だからである。

想像は想像である。「それは事実じゃない!」と叫んで否定する人もいるだろう。では、いったい何が「事実だ」というのか。笑わば笑え。